お米通信販売の【北信州こやなぎファーム】平成24年皇室献上。創業100年の実績。北信州の気候に合わせた特別な栽培方法で丹精こめて作っています。

園主よりごあいさつ

こやなぎファーム園主:新井康寛

北信州こやなぎファーム園主の新井康寛です。
田には個性があります。
日あたり、水はけ、土の性質、風の吹き方…
米作りは地域に根差し、土地や田んぼの個性を知るところから始まります。
お米は「一年一作」 しかし、「私達のお米」を収穫するには、多くの時間が必要です。
土を活かして稲を活かす。 稲を活かして米を活かす。 米を活かして地域を活かす。 私はお米と共に成長したいと考えています。
大切に育てたお米だから、お米を大切にしていただける皆様にお届けしたい。食卓の茶碗一杯から広がる笑顔へ、そんなお米が作れたら幸いです。

北信州こやなぎファーム園主 新井泰寛

gaiyou_r4_c2穏やかな傾斜地で営まれる農業

長野県の北東部に位置する中野市は、千曲川と夜間瀬川が流れ、河岸段丘や扇状地からなる地域です。気温の日較差が大きく、降水量が少ない当地で栽培されるお米は極上の品質を誇ります。

  • yasuhiro

    【新井康寛プロフィール】53年3月5日生まれ。皇室献上農家として米作りに精進しています。農業を始めてから生まれ育った柳沢で遺跡が発見され、多くの方に知ってほしいと密かにPRを続けている。おススメの郷土料理は笹寿司で、10枚食べても平気。最近小布施にある北斎館に行きました。絵心はありませんが、葛飾北斎の生き様に共感しています。米農家特有の日焼けで肌の色が夏は茶色になり、冬は白くなります。繁忙期にはおにぎり片手に作業をし、ある日毎朝どんぶり一杯分のおにぎりを食べていたのにはびっくりしました。2000年後の米作りの橋渡しのお手伝いができたら本望です。米以外に好きなもの 日本酒、漬物。>園主プロフィールはこちら

  • hitomi

    【新井仁美プロフィール】53年3月14日生まれ。2003年、愛知県から長野県中野市に嫁いできました。早いもので10年が経ちました。10年暮らしてきて思うこと・・・。①「やっぱり空気がきれい☆」実家や仕事で都市部などから帰ってくると必ず思うことです。鼻から思いっきり空気を吸い込んで深呼吸します。それに晴れた日の夜は満天の星空が本当にキレイなんですよ!②「やっぱりお水がおいしい」水道水ゴクゴク飲んでます。特に柳沢地区のお水は最高です。多くの方がお水を汲みに来るぐらいおいしいです。お米を炊くときも水道水で炊いています。③「お米をよく味わうようになりました」昔は忙しさもあり、ごはんをかき込むことが多かったです。今では仕事柄いろんなお米を食べます。お米を使ったメニューや調理法なども少しづつですが試しています。ブログにも少しづつアップしていきますのでぜひ楽しみにしてくださいね。お米について、北信州こやなぎファームについていろんなご質問、ご意見どしどしお待ちしております。お気軽にご連絡くださいませ。

平成24年皇室新嘗祭に献上

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会社概要

会社名 小柳農園
代表者 新井康寛
ネットショップ店長 新井仁美
所在地 長野県中野市柳沢1408
電話番号 TEL 0269-26-0081 FAX 0269-38-0238
メールアドレス nagano@koyanaginouen.com
営業時間 平日9:00~18:00
定休日 土曜・日曜・祝日 その他(田の作業によりお休みをいただく場合がございます。)
栽培品目 コシヒカリ、特別栽培米、美山錦、皇室新嘗祭献米、もちひかり、風さやか、ゆめしなの、ヒメノモチ等
受賞歴
    <平成24年皇室新嘗祭献穀

  • 食味鑑定士コンクール 若手農業者部門、国際総合部門 特別優秀賞
  • 静岡お米日本一コンテスト 金賞、入賞2回
  • 木島平村お米コンテスト  入賞
  • 中野市農業技術奨励賞
  • 長野県農産物鑑定会 努力賞
認定 kensannmaikankyou

  • 長野県原産地呼称認定米 認定(6回・平成27年現在)
  • 信州にやさしい農産物認定
    種まきから精米まで一貫しての管理、お米を地番ごとで管理しています。
  • 名鉄百貨店2014年お歳暮、お中元に採用されています

直売所のご案内

長野自動車道の信州中野IC(志賀高原の玄関口)をおりて100mほど直進。右側の茶色の看板が目印です。
お近くにお越しの際は是非お立ち寄りくださいませ☆

コシヒカリ、特別栽培米、もち米、皇室新嘗祭献穀米、など当園で育てたお米を販売しております。
種まきから精米まで、一生懸命育てた濃い味のお米は自慢の一品です。
ぜひ、ご賞味下さいませ。
繁忙期(4~6月・9月~10月)は、田の作業で不在のことが多いので事前にご連絡いただけると助かります。

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交通アクセス

こやなぎファーム(小柳農園)のいわれ

小柳農園のはじまりは、明治時代の中頃、現在の中野市柳沢の「小島みよの」という一人の女の子が群馬のとある幡屋に奉公に行くところから始まります。奉公先の幡屋の「新井清治」とみよのが出合い大恋愛の末、幡屋を群馬から柳沢に移しました。そこで小島の「小」柳沢村の「柳」をとり『小柳機業場』という幡屋を始めます。子宝にも恵まれ3人の子を授かり長男の茂樹は幡屋、次男の寛平(ひろへい)には精米所を継がせる予定でおりました。ところが寛平は太平洋戦争中、戦地で命を落としてしまいました。そして「みよの」の姪であった「まさき(祖母)」と、勤勉であったその夫「丸山新次郎(祖父)」が新井家に養子に入り、亡き寛平の遺志を継ぎ、精米所部門を引き受けます。
地域に貢献するという強い意志を表すために、「山」(高社山)に「志」を商号とし、「柳沢」で「小柳商店」を初めました。

祖父は出兵の際、馬を育てる任務に当たり当時の上司から賞状をもらう程の勤勉さでありました。

また事業展開後も、朝晩遅くまで仕事をしていたと聞いています。
そんな祖父は無理がたたり早くから体調を壊し、父は若い時から苦労しながら村に貢献できることを考えながら小柳商店を守ってきました。
寛平さんの寛を受け継いだ一人として、米の生産を決意した時から「小柳」農園として精進させていただいております。
「米の生産により地域に貢献する」というのはそんな祖父の思いを引き継ぎたいと考えているからです。

県宝・柳沢遺跡出土の地 信州中野市

こやなぎファームの生産地信州中野市が弥生時代からつづく稲作の名地です。2008年から当地で発掘調査が行われ、柳沢遺跡からは、銅戈8本、銅鐸5個、土器・石器・住居跡・墓跡・水田跡など212点が国の重要文化財に指定されました。これらの遺跡が一緒に発見されたのは全国初であり、弥生時代の社会を考えるうえで「柳沢遺跡を抜きには語れない発見」ともいわれています。さらに「シカ絵土器」の発見により農耕祭祀が柳沢に根付いていたことが明確になりました。
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柳沢遺跡が発見された場所は、高社山のふもと、千曲川が流れる中野市です。  柳沢遺跡で発見された銅戈(どうか)・銅鐸(どうたく)は日本最北・最東端での発見といわれています。高社山(別名 高井富士)は古くから、神の宿る山として周辺の村の信仰が深く「タカヤシロ」と呼ばれています。

公開日:   最終更新日:2017/05/02

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